木を柱にしたいと思う気持ち

日本で木が構造材の柱として選ばれたのは、古代日本に身近にそして豊富に木があったからなのは言うまでもないのですが、それとは別に欲求に似た部分で、「こういう衝動で木を柱にしたくなってしまったのだろうな」という古代日本人の気持ちというのを、先日行った東北の旅行中に想像してしまいました。

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見上げるほど垂直に上昇する木々、力強い雰囲気を放つ掘っ立て柱、林立する太い柱、それらを旅行中交互に目にしているうちに古代日本人の気持ちと木の扱い方に共感してしまいました。(大庭)

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