カテゴリー別アーカイブ: 建築見学記

保存される建築物‐2

先日のブログに、重要文化財に指定されている建築も展示されていると書きましたが、その中のひとつが「東松家住宅(とうまつけじゅうたく)」です。
明治20年台後半まで油屋を生業とし、その後、昭和の初めまで堀川貯蓄銀行を営んでいたとされるこの住宅は3度もの増改築の末 明治34年に現在の形になったそうです。
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江戸時代末期には平屋建てだったそうですが、明治24年以降に改築と2階部分の増築を行い明治34年に3階部分の増築を行ったというこの住宅は、入り口を入ると3層の吹き抜けの土間が広がります。これは、2・3階にある奥の部屋まで光を取り入れる為と、上階に住む主人が1階の店の様子を把握できるようにとの工夫だそうです。

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今で言う店舗併用型住宅ですので、店舗のほか居住スペースもあり2階には茶室も用意されています。吹き抜けに面した廊下はあたかも路地のように計画され、茶室手前の待合に入る戸の壁側には半円形の障子の入った壁があります。
客人が待合に入るときに入り口の戸を開けるとこの障子に戸が掛かり、半円形の障子の裏手にある部屋に光が届かなくなることで部屋で待っている主人が客人の到着を知ることのできる仕組みとなっています。
とは言え、半円形の障子がある手前には引き違いの障子があるため客人の到着はそんなことをしなくても判るのですが、主人の遊び心がふんだんに盛り込まれておりとても面白いです。
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現在では木造3階建ても一般的になっていますが、現行の建築基準法で準防火地域内での木造3階建ての建築が可能になったのは1987年のことです。
3階建てにする理由は土地の有効活用という目的が多く、また、構造的な理由もあり3層の吹き抜けを設けた木造3階建ての住宅を見ることは無いように思います。
明治時代は3階建てにする理由も現在とは大きく異なり、とてもダイナミックで贅沢な空間構成となっていました。

古都の近代建築

ゴールデンウィークが近づいてきました。
昨年のゴールデンウィークは京都に行き、近代建築をいくつか見てきました。
京都といえば神社仏閣や庭園を観に行かれる方が多いと思いますが、実は京都市内には近代建築が数多く残っています。

その時に見た建築の一つ、京都文化博物館別館です。
元は日本銀行京都支店として建設されました。
設計は東京駅の設計などで有名な辰野金吾です。
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外壁のレンガと目地のアップです。
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この目地は覆輪目地といい、目地の中央が盛り上がった手の込んだ処理です。
東京駅の復元の際にしばしば取り上げられていたディテールですが、ここにもありました。
辰野金吾が好んで用いた手法だそうです。

こちらは旧・京都中央電話局です。今は新風館という商業施設として改修・利用されています。
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設計にはパリのポンピドゥー・センターなどのいわゆるハイテク建築で有名なイギリスのリチャード・ロジャースが関わっています。
外観はオリジナルのものを上手く保存していますが、中庭にはロジャース氏の作風が表れています。
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京都にたくさんの近代建築があったり、ハイテク建築があったりするのは意外な気もしますが、今残っている京都の古い建築物も建てられた当時は最新の技術で建てられていたはずです。
京都の人が実は「新しいもの好き」だと言われる理由が垣間見えた気がしました。

保存される建築物

愛知県の犬山市に 建築物の移設、保存、展示を行っている「博物館明治村」という施設があります。広大な敷地には明治時代の建築物を中心に、大正、昭和の建築等も含めた多数が保存されており、その中の10件は国の重要文化財に指定されています。

明治村に移設・復元展示されている有名な建築物の一つに、登録有形文化財に指定されている、建築家フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテル旧本館(ライト館)中央玄関があります。玄関部分のみの移築ですが、ホテルの玄関ですのでそれなりの大きさです。
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この帝国ホテルの竣工記念披露宴の準備中に関東大震災が発生(1923年9月1日)したそうですが、建物にほとんど被害はなかったそうです。
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細工の施された大谷石と煉瓦積により内外のデザインがまとめられており、とても美しいです。エントランスは3層の吹き抜けとなっており、大谷石とレンガのラインがとても印象的です。空間的に少し低い印象を受けましたが、それが落ち着いた印象を与えているようにも感じました。
また、どの部分を取ってみても一切の妥協がないと言えるほど、細部にまでこだわって設計していることが見て取れます。
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ホテルという大規模な建築で、ここまでの詳細をもつこの建築に非常に良い刺激を受けたのとともに、どんな客室があったのかと興味をかきたてられました。

建築が、導かれるようにできる時

(今は亡き設計者と、30年前の建築を見せてもらい、交わした会話)
四半世紀前に雑誌で見て感動した建築を、去年の秋にじっくり見てきました。建物はアーカンソー州のユーリカ・スプリングスにあるソーンクラウンチャペルという小さな礼拝堂です。設計はフェイジョーンズと言う、2004年に83歳で亡くなった設計者です。
フランクロイドライトの落水荘より、こちらを先に見たいと思った建築です。
建物は変哲もない雑木林のなかにあり、駐車場からそこまでの小道を2,3百メートル歩いていった先にあります。隣の写真はチャペルの管理事務所で、やはりジョーンズの設計だそうです。

 

建築は、事前に写真で見て知っていただけに、それほど驚きはありませんでした。30年経っているはずですが、少しも古びたところがなく、むしろ経年変化が、よりその地から生え出て来たかのように馴染み、風格さえ漂わせていました。

中に入り、会衆席で流れてくるピアノ曲を耳にしながら、その建築に浸っていました。あたりを眺めているうちに、建築の細部が目に入り、その細部の有り様が通常の納め方と異なっていることが気になり、色々疑問が湧いてきました。

というのは、自分もこれまで、不可能と思える単価の住宅や、応急仮設住宅など、いろいろな事情で通常では作り得なくて、これまでにない工法と言うか、作り方を考えなければならないことがたびたびあり、その違いが目についてしょうがないせいもありました。建築は通常殆ど作られ方は決まっていて、ある程度どういう空間構成にしたいかを、施工者に伝えれば、これまでの作り方を踏襲してそれとなく出来上がる技術が存在しているようなところがあります。その通常の作られ方からすると不可解な詳細が多く見受けられました。

 

二十年前なら、ただ感心しておしまいだったかもしれません。黙しながら、なぜこんなにも細い柱で筋交いもなく歪まないのか?、壁は3mm厚のガラスだけなの、それでいてどうして内部に柱や大きな梁無しで空間を支えられているの?等々、自分に問いかけていると、その一つ一つの詳細構成が疑問に応えるかのように、話し返してくるように感じました。

フェイジョーンズはいいます。設計者として、このオザークという土地の持つ、林の静けさと神々しさを損ねないように、そこに立つ樹木と同じように柱を建てたのだ。そのため柱間のガラスは本来必要なく、単に風を防ぐためでしかない。だから3mm厚のガラスで十分と考えた。柱を立てる間隔寸法はそのガラスの製作と搬入可能寸法から割り出されている。



柱や梁等が繊細に見えるのは3cm厚の板材(安価なツーバイフォー材)の組み合わせでできているせいで、それは建築時の敷地の状況が、資材の搬入困難のため、手運びだけで、作れるようにしたからだ。

庇が大きく張り出ているのは、細い木材を風雨から守るためだ。それを支える方杖は内部の構造用斜材(バットレス)と同様の角度で組み合わせ、周囲の木立の枝を擬え、それとの連続性を表した。その継ぎ手は細いスチールの板材で接ぎ、その継ぎ手にわざと小さな隙間を設け、それを連続させることで、木の葉の重なり合いを表現し、そこに大きく設けたトップライトから光を落とし込むことで、木漏れ陽を演出した。

 

大量のコンクリートが使用できなかったので、付近の石材を集め、会衆席の背の高さまで腰壁のように積み上げ、柱の根元を固めて、地面から跳ね出させることで構造的上の剛(キャンティレバー)にした。その木材の腐朽を防ぐために、石と石の間に生じる隙間の内部側は塞がず、空気を通して呼吸ができるようにしている。柱を貫く横架材は日本の貫(ぬき)と同じ効果を期待してのことだ。構造的揺れ(水平剛性)は、内部各四隅に立つ、太目に構成した6本の柱をバットレスでより強固に固めることで、構造壁と同様の効果を担うようにした。

 

等々、どう設計したか、如何に苦労したかなど、色々なことを疑問を投げかければ,いくらでも返しくれました。
このチャペルに来る前に、彼がこのチャペルの十年後に設計した、クーパーチャペルも、偶然見て来ていたので、それとの比較をしながら、自分からも、話をしていました。
クーパーチャペルは鉄骨造で、優雅な曲線で構成されていてとても美しい礼拝堂でした。

 

十年の歳月が設計者の技量を上達させているのが感じられました。
でも、自分にはソーンクラウンチャペルの方がその土地の持つ神聖さというか真性を有している気がしました。クーパーチャペルは予算があったのか、鉄骨造のため、より細い構造で構成することができ、美しく優雅ではありました。

しかしそのため、形状にその土地の持つ必然性が薄れ、設計者の作為性が入り込み、そこの土地の持つ真正が濁り、土地の聖なる加勢が得られず、どこに建ってもいい、単なる美しい礼拝堂になっている気がしました。

でも、ソーンクラウンチャペルは予算不足で中断しかけたところ、奇特な方が現れ、続行できたといいます。予算のない建築であればこそ、何とか作りたい、作らねばという、多くの者の想いが、手運びしてでもできる板や細い材を選ばせ、それで構成された限界寸法の柱や梁が、外皮を纏う予算もなく、むき出しになることで、内外が一体となり、繊細さと構造的限界の持つ緊張感が表出し、結果として周囲の樹木と同化させています。また、コンクリートを持ち運べなかったため、その場で採取せざるを得なかった石材が、そこの自然に馴染ませ、地から生えてきたかのようにさせています。この細い架構材料で大きな空間を組み立てざるを得ないことが,屋根と剛性を支える大量のバットレスを交差させるデザインにし、将にソーンクラウン(茨の冠)を生み出したと言えます。
最初、このチャペルを建てようとしたジム夫妻は、自分らの家を建てようとして、この地を選んだものの、計画中、土地の多くの住民がここに三々五々やって来て、神と個人的に対話している光景を何度も見て、チャペルを建てることにしたとのことです。その心根と土地の必然性が奇特な人を呼び込み、建築に関わった者の労苦が、そこの土地の真性として胸に迫ってくるように思えます。
その証拠といってはなんですが、チャペルでの案内や音楽を奏でてくれる、パトリシアさんが、近くに建つワーシップも見たいという、私の無理のお願いを聞いて、自分だけに見せてくれました。

その建物は、このチャペルの十年後の設計のようですけど、予算がそれなりにあったようで、十分な仕上げや構造が、かえってその土地と状況のもつ緊迫感を消してしまい、ソーンクラウンチャペルに比して、自分には物足りなく思えました。

ソーンクラウンチャペルは,技量や予算だけでは必ずしもいい建築を作り出すとは限らないということをよく教えていただいた気がします。人知を超えて、何かに導かれるようにしてできた建築であるような気がいたします。
比較するにはおこがましいですが、東北大震災での応急仮設住宅を作った時も、正直自分の力でできたとは思えず、何かに突き動かされるようにしてできた、と思えた経験があって、よけいそう感じました。
ソーンクラウンチャペルは貴方があの時でなければ作り得なく、何かに導かれるように、まさに神が作らしめた建築で、ジョーンズの最高傑作のように思えます。この建物で、貴方は師であるフランクロイド・ライドから真に独立するための、飛び立つ独自の翼を創り得たように思えます。アメリカ建築家協会が残したい20世紀のアメリカ建築のベスト10に選ばれたのがよく理解できます。貴重な体験でした。ありがとうございました。

日本再認識

2007年の3月から7月の丸5ヶ月間、ヨーロッパを旅してきました。
スペインから入り、建築を見ながら北上して、フィンランドから帰る、自分なりの建築行脚です。
訪れた国は、13カ国46都市。こんな長旅なのに、銀行の手違いで国際カードが作れず、5ヶ月間の旅費を肌身離さずの旅となってしまい落ち着かず、旅費が少なくなるに連れてドイツではペットボトルがお金にも見えてくるのです。
野宿やホームで夜明けを待つ日は数知れず、ちゃんとした食事も取れないのでもうあんな旅は出来ないと思います。
しかし、もし機会があればまた行ってみたいなと不思議と思う。おかしなもんです。
でも、今度旅をするなら日本全国を見て回りたい。と言うのも、ヨーロッパの旅の途中で知り合った旅人に日本の事を紹介する時、訪れたことがある京都、想像がつく北海道と沖縄ぐらいしか紹介できなかった。そんな自分がなんとなくもったいないように思えたのです。日本の善さはもっとあるはず。それを知らないで居るのはもったいないと。
建築行脚の旅が仕事に役に立たなくても、海外に出たことによって、改めて日本に目を向けられるようになったので、それだけでも旅をして良かったと思っています。

ヨーロッパ地図

フランスの建築 10 etc.

quaibranly

さて、フランス建築シリーズも今回で最後、つまりネタが切れたということで、写真が少なく単独での展開に無理を感じた建築たちの紹介とします。終わりの始まりを飾るのはケ・ブランリー美術館の垂直庭園です。美術館自体はJean Nouvelですが、このグロテスクなまでの壁面緑化は植物学アーティスト(?)のPatrick Blancによる作品です。日本では金沢21世紀美術館の緑の橋などを手がけた髪の色まで緑な方です。(髪の色は今は違うかもしれません。)実は今回の旅で一番強烈な印象を持ったのがこの壁で、全く知らなかったからという些細な側面もあるのですが、何が凄いってこれだけ豊かな植物群を育んでおきながら全く土を使っていないらしいのです。つまり軽いわけですね。建築的にはとても有利です。絵的には不自然極まりないのですが、これも自然ということでしょうか。

Palais Royal

さて、次はパレ・ロワイヤルです。ルイ14世が住んだことでこう呼ばれるようになったらしいです。中庭に円柱が並んでいるのが有名ですが、工事中で見れなかったので周囲の回廊を歩きました。回廊沿いは比較的高級な店舗が並んでおり、それぞれのウィンドウも趣向が凝らされていて面白いです。ここまで誰もいないのは深夜に訪れたからで、多分昼間は賑わっていると思います。

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続きましてはパレ・ロワイヤルの目の前にあるルーブルです。ガラスのピラミッドが有名ですが、建物はでかすぎて印象が薄いです。ただ、中庭は非常に気持ちがよく、時間があればのんびり過ごしたい空間でした。開園の頃に行ったので人もまばらで美術鑑賞としては今回の一番の目的だったラ・トゥールの大工ヨセフを誰もいない状態で鑑賞できました。例のモナリザの部屋も人はまばらでしたが、ロープで遠くからしか見れず、しかもガラスが反射するのでちゃんと見たい方は双眼鏡必須です。2枚目はロビーですが、ここを眺めているのも意外と面白かったです。

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Musée d'Art Moderne de la Ville de Paris

美術館続きで、市立近代美術館です。フランス語だとMusée d’Art Moderne de la Ville de Parisととても長い名前です。無料のためか管理状態はとても良いとは言えませんが、デュフィーのばかでかい絵の部屋とマティスのばかでかい絵の部屋があり、これだけでも見に行く価値はあると思います。エッフェル塔からも近いです。中庭を挟んで西側がパレ・ド・トーキョーで、こちらでは現代美術が見れるはずです。シリーズ第二回のマイケルジャクソンへのオマージュのようなものはここのエントランスにありました。東西合わせた建物としての名前はパレ・ド・トーキョーで通っているようです。

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建築と呼べるかはさておき、パリといえばメトロです。映画「パリ・ジュ・テーム」でスティーブ・ブシェミ演じるアメリカ人観光客がぼこぼこにされる場所です。滞在中、かようなシチュエーションにはなりませんでしたが、人が少ないときにはあまり他の人を見ないようにしました。混雑した駅などに行くと、多分そこが一番現地の人との距離が縮まる(物理的に)場所なので、現地人観察には最適です。幸いスリにも会わず、ドアを開けるボタンを押すタイミングもしっかり盗みました。座席は当然のように汚いですが、汚いといえば実はパリ全体が汚いのであまり気にならなかったようです。

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最後の最後になるのはシャルル・ド・ゴール空港です。映画「パリ空港の人々」をご覧になった方なら憶えているかもしれませんが、乗り場に行くまでの動く歩道のある通路が洞窟のようで非常に印象的です。また、中央部のエスカレーターホールのような場所もアミダクジ的面白さがあります。空港というのは多くの場合旅の始まりと終わりに位置するためか、結構記憶に残りやすい場所だと思いますが、過去に訪れた空港の中ではダントツに陰のある空港でした。フランスの空港としてはとても合っていると思います。ただ、お土産を買うにはあまり向いてません。

早いものでこの旅から既に半年以上がたってしまい、細かい記憶はだいぶ薄れてしまいました。しかしながら初めてのヨーロッパということもあり、アメリカやイギリスではあまり感じたことの無い「異国」感は今でも鮮明に思い出されます。また、不便さや不潔さといった、現代社会では負の要素となるものをある程度許容することから生まれる美しさや趣深さというものが、結局は豊かさにも通じるのではないかとも思えました。日本でも「フランス風」なインテリアなどをよく見かけますが、あの特有の居心地の悪さは結局のところ清潔で便利な造りになっているためなのかもしれません。

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全くの余談ですが、パットメセニーの「オーケストリオン ツアー」に行ってまいりました。今回は全ての楽器を彼がギターでコントロールしてプログラミングした信号で多くの楽器の生演奏を行い、それに合わせてメセニーも演奏するという、一歩引いてみるとちょっとおかしな内容です。生演奏とはいえやはりバンドではないし、実はそれほど期待していなかったのですが、蓋を開けてみると今まで観た中でも2番目くらいに感動的な内容でした。何が凄かったかといえば、その場で演奏しながら様々な楽器に対してプログラミング(=ギターによる信号入力)を行い、それをループさせてその上に即興でメロディーを作っていくのですが、この一連の作業から生み出された高揚感が宗教的というか、何か雲の切れ目から光が降りてくるような錯覚を覚えるほどでした。この音楽手法というのは、非常に構築的であり、詩的であり、ある意味一人だからこそ到達し得た完成度というのを見せ付けられました。建築の世界でいえば、設計者が自ら施工を行うか、鉄筋の折り曲げ方やカンナのかけ方まで指示を出すくらいの細かい管理を行ったようなものではないでしょうか。ただ、決定的に違うのは音は出た瞬間に消えているという点で、この刹那的感動には形として残るものはどれとして敵わないのではないかと思います。すばらしい経験をさせてもらいました。

フランスの建築 9 Cathédrale Notre-Dame de Paris

ノートルダム大聖堂のファサード

このシリーズも残すところ2回となりました。今回はノートルダム大聖堂(ノートルダム寺院)です。初期ゴシック建築の最高峰とも言われるこの建物は12世紀後半に着工し、竣工は1345年です。正面からはフライングバットレスが見えないものの、裏面はバットレスが放射状に広がり、おどろおどろしいほどの様相を呈しております。スパイダーとの異名も付いているようです。

美しい交差リブヴォールトの天井

ゴシック建築といえば、この写真のような交差リブヴォールトです。これが外観にもたらす尖塔上の形状から耽美系のビジュアル要素としてしばしば使われますが、実は「様の美」と呼ぶにふさわしい、必要性に迫られて開発された形状なのです。簡単に言うと、交差リブヴォールトによってそれまでのロマネスク建築に比べ平面形状と高さに自由度が生まれたのです。ヴォールトについて詳しくはWikipediaなんかを参照してください。

椅子が意外と座りやすい

内部は大聖堂なので当たり前ながら椅子が並んでいます。教会の椅子といえば木製のベンチが定番ですが、ここの椅子は籐編み座面の比較的座り心地のよいものでした。建物に関係ありませんが、これに座ってのんびり周りを眺めるのもなかなか乙でした。

ステンドグラス

そして、忘れてはいけないのがステンドグラスです。有名なのは円形のバラ窓ですが、それ以外にも無数に(と感じるくらい)あり、どれもが独特の要素を持っているため見ていて飽きません。実は私はそれほどステンドグラスに興味が無いのですがそれでも見惚れてしまったくらいなので、好きな方が見ればステンドグラス見物だけで一日過ごせるのではないでしょうか。

入り口の彫刻

中央付近の首を持っている聖人はサン・ドニだと思われます。ゴシック建築の装飾は基本的に聖人ベースで、ただの飾りではありません。が、ここの彫刻は実は竣工時には無く、18世紀のゴシックリヴァイバルの時期に施されたものです。ユーゴーの小説「パリのノートルダム」もこの時期です。最近の町屋ブームと似たようなものだったのかもしれません。

ノートルダムといえばユーゴーの小説をベースにしたディズニーの「ノートルダムの鐘」が有名ですが、案の定建物前の広場にはかなりリアルにせむし男の扮装をしたパフォーマーがおりました。また、ここはナポレオンの戴冠式が行われた場所でもあります。さらにいえばパリからの距離を示す際の基準点でもあります。正直、今回の旅程の中では地味な印象を持っていたのですが、なかなかどうして面白みのある場所でした。時間があれば塔に登ってみたかったのですが、何せ過密スケジュールだったので断念せざるを得ませんでした。階段に恐れをなしたわけはありません。

フランスの建築 8 Musée d’Orsay

メインホール

オルセー美術館は、1900年の万博にあわせて駅兼ホテルとして、Victor Lalouxの設計により建設されました。収蔵されている作品は、2月革命のあった1848年から、第一次世界大戦が勃発した1914年までとはっきりしていて、ルーブル及びポンピドーと役割分担がなされています。この建物の特徴は、なんと言っても元駅ですので、(見も蓋もない言い方ですが)長いということでしょうか。この長いメインホールに、大胆に取られたガラスのアーチ天井が、他の美術館とは一線を画す方向性のある開放感を生み出していると思います。メインホールには多分彫刻しかないのですが、ここの彫刻を鑑賞するときには嫌でも背景となるガラスアーチが目に入り、背景の奥行き感が彫刻の迫力を増す役割を担っているようにも思えます。

食堂

メインホールの両脇は、それぞれ地上3階地下1階の展示室があるのですが、3階には食堂もあり、この食堂が非常に魅力的でした。住宅では朝日の差す食堂と言うのが良しとされていますが、この食堂のように日は差し込まずに明るく広々とした場所というのが実は朝食にはベストのように思えます。普通の住宅では無理な話です。

食堂

食堂を抜けると祝典の間という豪華な展示室があります。舞踏会でも行われそうな空間で、スケール感も大きく、何となくアリスの世界にでももぐりこんだような気分になります。朝一番で乗り込んだおかげか、誰もいない祝典の間を堪能できました。

大時計

実は今回、個人的には世界一なまめかしい水が描かれていると思っているアングルの『泉』を是非見てみたかったのですが何故か見忘れてしまいました。より有名な作品たちに気を取られてしまったようです。この美術館のシンボルでもあるのでしょうが、この大時計がいつも目に入るため、どうしても時間が気になってしまったのも一つの原因だったかもしれません。訪れる際には時間を気にしないで良いくらいの余裕を持って行動されることをお勧めします。

フランスの建築 7 Le Mont Saint-Michel

要塞のような通路

フランスの文化遺産として最も早くから指定されているうちの一つであるモン・サン・ミッシェルは聖堂、修道院、要塞、監獄と様々な用途で使われ続け、その形態自体も変遷を続けた非常に特異な建築物です。非常に荘厳な造りですが、そもそも建てられたきっかけは、オベールと言う司教が神様(すなわちミッシェル)のお告げを2度にわたって無視(というか信じなかった)し、いい加減にしろと頭を小突かれて慌てて造ったということです。実際のところ誰が設計して誰が作業したかはわかりません。遠くから見た幻想的な写真はよく見ていたのですが、実際に入ってみると、まずは江ノ島のような商店街に人だかりという光景に出くわします。ちょっと思っていたのとは違う風情ですが、ここにはレストランも多く、有名なオムレツやシードルの他にも羊料理や牡蠣なども楽しめます。もちろんワインとチーズもあります。有名どころではないレストランに入りましたが、それなり美味しかったです。で、商店街を抜けてどんどん登っていくといよいよ修道院入り口となります。タイミングもあるのでしょうが、この辺に来ると何故か人がぐっと減り、急に厳かな雰囲気になってきます。要塞として使われていたと言うのも納得の、両側に建物が屹立した通路を登り、一気に高い位置にある広場に出ます。ここからは周囲が一望できて非常に気持ちよさそうなのですが、何故か猫のトイレのような臭いが(外なのに)立ち込め、小さな虫もぶんぶん飛んでいるので思い切り深呼吸と言う気持ちにはなれません。

遠くまでが見渡せる広場

さらに進んでいくと、礼拝堂や食堂など、修道院らしき部屋が続きますが、意外な雰囲気の中庭もあったりします。まさかこの建物内で植物に遭遇するとは思いませんでした。

ちょっとロマンチックでさえある中庭

部屋ごとに表情が様々で、かなり暗い部屋もあれば広々として清々しい部屋もあり、でかいだけあって飽きさせない造りになっています。なかでも気に入ったのが下の写真の太柱の礼拝堂と呼ばれる部屋で、微妙な暗さと所々の明るさ、ベンチの配置などが丁度良く、近所にこんなところが合ったら骨休めに良さそうです。

座りたいことこの上ない感じのベンチ

昔、満潮時でも渡れるようにと造られた一本の道の周りに砂が堆積し、今や満潮時でも道路以外も陸続きとなってしまっているようです。この砂を除去してかつての島の姿を取り戻そうというプロジェクトが進行中です。

フランスの建築 6 Palais Garnier

チケット売り場を過ぎたあたりはまだ地味

メインの階段

アヴァンホワイエはこの写真の3倍くらい豪華な印象

恥ずかしながら私は今回の訪問までこのPalais Garnierという名を知りませんでしたが、所謂オペラ座です。この建物はオペラの公演用としてCharles Garnierの設計により1874年に竣工しました。設計者はコンペで決まったようですが、実は1等案が無く、佳作6点から選ばれたとのことで、それにも関わらず設計者名が建物の名前になるというのは完成度が想像以上に高かったからでしょうか。今ではオペラよりバレエがメインで公演されているようです。よくわかってないのですが、以前はオペラもバレエもあまり区別されていなかったようです。

内装はまさに絢爛豪華で、特にアヴァンホワイエと呼ばれる部屋の煌びやかさを見てしまうと先に紹介しましたヴェルサイユ宮殿が比較的質素に思えたほどでした。メインの階段なども、上るのが躊躇われるような威圧感があり、現地で少し話をしたコネチカットから来たというバックパッカーの馴染まなさにはマグリットの絵のようなシュールさすら感じました。残念ながらシャガールの天井画が飾られる観覧席はリハーサル中のため見れなかったのですが、あの大空間は鉄骨により実現されており、当時としては画期的だったようです。

訪れたのは昼下がりで比較的観光客も少なく、今回の訪問先としてはかなりゆったり鑑賞できたのでその分印象が強いのかもしれませんが、パリ市内の建築物としてはエッフェル塔に次いで良かったです。今度機会があったらバレエも観たいものです。

お土産コーナーの照明