建築が、導かれるようにできる時

(今は亡き設計者と、30年前の建築を見せてもらい、交わした会話)
四半世紀前に雑誌で見て感動した建築を、去年の秋にじっくり見てきました。建物はアーカンソー州のユーリカ・スプリングスにあるソーンクラウンチャペルという小さな礼拝堂です。設計はフェイジョーンズと言う、2004年に83歳で亡くなった設計者です。
フランクロイドライトの落水荘より、こちらを先に見たいと思った建築です。
建物は変哲もない雑木林のなかにあり、駐車場からそこまでの小道を2,3百メートル歩いていった先にあります。隣の写真はチャペルの管理事務所で、やはりジョーンズの設計だそうです。

 

建築は、事前に写真で見て知っていただけに、それほど驚きはありませんでした。30年経っているはずですが、少しも古びたところがなく、むしろ経年変化が、よりその地から生え出て来たかのように馴染み、風格さえ漂わせていました。

中に入り、会衆席で流れてくるピアノ曲を耳にしながら、その建築に浸っていました。あたりを眺めているうちに、建築の細部が目に入り、その細部の有り様が通常の納め方と異なっていることが気になり、色々疑問が湧いてきました。

というのは、自分もこれまで、不可能と思える単価の住宅や、応急仮設住宅など、いろいろな事情で通常では作り得なくて、これまでにない工法と言うか、作り方を考えなければならないことがたびたびあり、その違いが目についてしょうがないせいもありました。建築は通常殆ど作られ方は決まっていて、ある程度どういう空間構成にしたいかを、施工者に伝えれば、これまでの作り方を踏襲してそれとなく出来上がる技術が存在しているようなところがあります。その通常の作られ方からすると不可解な詳細が多く見受けられました。

 

二十年前なら、ただ感心しておしまいだったかもしれません。黙しながら、なぜこんなにも細い柱で筋交いもなく歪まないのか?、壁は3mm厚のガラスだけなの、それでいてどうして内部に柱や大きな梁無しで空間を支えられているの?等々、自分に問いかけていると、その一つ一つの詳細構成が疑問に応えるかのように、話し返してくるように感じました。

フェイジョーンズはいいます。設計者として、このオザークという土地の持つ、林の静けさと神々しさを損ねないように、そこに立つ樹木と同じように柱を建てたのだ。そのため柱間のガラスは本来必要なく、単に風を防ぐためでしかない。だから3mm厚のガラスで十分と考えた。柱を立てる間隔寸法はそのガラスの製作と搬入可能寸法から割り出されている。



柱や梁等が繊細に見えるのは3cm厚の板材(安価なツーバイフォー材)の組み合わせでできているせいで、それは建築時の敷地の状況が、資材の搬入困難のため、手運びだけで、作れるようにしたからだ。

庇が大きく張り出ているのは、細い木材を風雨から守るためだ。それを支える方杖は内部の構造用斜材(バットレス)と同様の角度で組み合わせ、周囲の木立の枝を擬え、それとの連続性を表した。その継ぎ手は細いスチールの板材で接ぎ、その継ぎ手にわざと小さな隙間を設け、それを連続させることで、木の葉の重なり合いを表現し、そこに大きく設けたトップライトから光を落とし込むことで、木漏れ陽を演出した。

 

大量のコンクリートが使用できなかったので、付近の石材を集め、会衆席の背の高さまで腰壁のように積み上げ、柱の根元を固めて、地面から跳ね出させることで構造的上の剛(キャンティレバー)にした。その木材の腐朽を防ぐために、石と石の間に生じる隙間の内部側は塞がず、空気を通して呼吸ができるようにしている。柱を貫く横架材は日本の貫(ぬき)と同じ効果を期待してのことだ。構造的揺れ(水平剛性)は、内部各四隅に立つ、太目に構成した6本の柱をバットレスでより強固に固めることで、構造壁と同様の効果を担うようにした。

 

等々、どう設計したか、如何に苦労したかなど、色々なことを疑問を投げかければ,いくらでも返しくれました。
このチャペルに来る前に、彼がこのチャペルの十年後に設計した、クーパーチャペルも、偶然見て来ていたので、それとの比較をしながら、自分からも、話をしていました。
クーパーチャペルは鉄骨造で、優雅な曲線で構成されていてとても美しい礼拝堂でした。

 

十年の歳月が設計者の技量を上達させているのが感じられました。
でも、自分にはソーンクラウンチャペルの方がその土地の持つ神聖さというか真性を有している気がしました。クーパーチャペルは予算があったのか、鉄骨造のため、より細い構造で構成することができ、美しく優雅ではありました。

しかしそのため、形状にその土地の持つ必然性が薄れ、設計者の作為性が入り込み、そこの土地の持つ真正が濁り、土地の聖なる加勢が得られず、どこに建ってもいい、単なる美しい礼拝堂になっている気がしました。

でも、ソーンクラウンチャペルは予算不足で中断しかけたところ、奇特な方が現れ、続行できたといいます。予算のない建築であればこそ、何とか作りたい、作らねばという、多くの者の想いが、手運びしてでもできる板や細い材を選ばせ、それで構成された限界寸法の柱や梁が、外皮を纏う予算もなく、むき出しになることで、内外が一体となり、繊細さと構造的限界の持つ緊張感が表出し、結果として周囲の樹木と同化させています。また、コンクリートを持ち運べなかったため、その場で採取せざるを得なかった石材が、そこの自然に馴染ませ、地から生えてきたかのようにさせています。この細い架構材料で大きな空間を組み立てざるを得ないことが,屋根と剛性を支える大量のバットレスを交差させるデザインにし、将にソーンクラウン(茨の冠)を生み出したと言えます。
最初、このチャペルを建てようとしたジム夫妻は、自分らの家を建てようとして、この地を選んだものの、計画中、土地の多くの住民がここに三々五々やって来て、神と個人的に対話している光景を何度も見て、チャペルを建てることにしたとのことです。その心根と土地の必然性が奇特な人を呼び込み、建築に関わった者の労苦が、そこの土地の真性として胸に迫ってくるように思えます。
その証拠といってはなんですが、チャペルでの案内や音楽を奏でてくれる、パトリシアさんが、近くに建つワーシップも見たいという、私の無理のお願いを聞いて、自分だけに見せてくれました。

その建物は、このチャペルの十年後の設計のようですけど、予算がそれなりにあったようで、十分な仕上げや構造が、かえってその土地と状況のもつ緊迫感を消してしまい、ソーンクラウンチャペルに比して、自分には物足りなく思えました。

ソーンクラウンチャペルは,技量や予算だけでは必ずしもいい建築を作り出すとは限らないということをよく教えていただいた気がします。人知を超えて、何かに導かれるようにしてできた建築であるような気がいたします。
比較するにはおこがましいですが、東北大震災での応急仮設住宅を作った時も、正直自分の力でできたとは思えず、何かに突き動かされるようにしてできた、と思えた経験があって、よけいそう感じました。
ソーンクラウンチャペルは貴方があの時でなければ作り得なく、何かに導かれるように、まさに神が作らしめた建築で、ジョーンズの最高傑作のように思えます。この建物で、貴方は師であるフランクロイド・ライドから真に独立するための、飛び立つ独自の翼を創り得たように思えます。アメリカ建築家協会が残したい20世紀のアメリカ建築のベスト10に選ばれたのがよく理解できます。貴重な体験でした。ありがとうございました。