年を跨いだ木材暴露試験の報告8です。
毎日見ている自分には、板材の微妙な変化は分かるものの、どうも報告写真は天候がどうか、板材に光がどう当たっているか、カメラが板材とどれほど離れているか、どんな角度で向いているかで、色合いが大分異なるようです。これでは正確な伝え方ができないことが、今頃になって気になってきました。しかも11月の報告が年を跨いだ今になるようではあまり意味がない気もします。しかし暴露試験を始めた目的の「板材のグレー化が、板材や塗装状況によってどう進むか」は一年近く続けて、大体分かってきた気がします。それは次回に報告するとして、今日は、少なくとも、多くの建築関係者に提供しようと準備してきた外壁材の「小校(こあぜ)下見板の半年雨曝し材なら無塗装でも、状況次第では使えそうと思えてきました。今回は年末の窓ふき作業で気づいた、働き方で大事なことについて綴ることにします。
暮れから新年にかけ、多くの方が生活の在り様を考える機会になっているようです。自分も暮の大掃除で、幅8メートル程の南面の連窓ガラスを拭くという、なかなか厄介な作業を、設計した手前、自分の役割としています。日常その窓は室内に開放感をもたらし、冬の陽ざしをたっぷり入れこむなど、恩恵を十分与えてくれているのに、忙しい中、しかも義務感や、やらされ感がある作業となると、苦痛になります。今年は割りと時間に余裕があって、いつまでに終えるかなどを考えず、一日かかっても構わないと腹をくくって、日差しを背に、骨伝導のイヤホーンで音楽を聴き、色々拭き方を試しながらやっていたら、楽しいとまではいかなくとも、苦にならず、色々なことが考えられ、ささやかながら達成感も得られました。
最近、働き方が話題なので改めて考え直してみました。同じ作業でも自分事として働いているかどうかや、余裕が有るなしで、印象が大分違ってきます。大昔の縄文時代の狩猟も、日によって当たり外れがあっても、狩猟に出た各自が、自分の六感を働かせ、仲間と工夫や協力しながらやっていたら、それなりにやりがいのある作業であったのかも、と想像できます。それが、獲物を必要量獲ってくることが期待され、思うほど得られないことが多くなると、無言の圧力になり、苦痛な作業になってきて、収穫が安定する農業作業に移っていった経緯は容易に理解できます。農作業は自営の家業としてやれる限り、天候以外他者からは強いられず、家族の工夫でやりくりができ、楽ではないけど、強いられる苦痛は少なく、納得しながらやれたのではないかと思います。
近代までの多くの職業の働き方は農業を始めとし、家業や小集団での作業でしたから、役割分担や助け合いが目に見える形であり、当事者意識や責任を持って働くことが出来ました。各自の工夫や価値が認め合えることで、達成感だけでなく、危機感も共有でき、やり甲斐や集団への帰属感も形成され、ストレス少なく働ける構造でした。もちろんその共同体構造ゆえの相互監視や無言の同調圧力、或いは人間関係の煩わしさ等々の問題もあったことは確かですが。
産業革命以降、資本主義的論理から、職場が生産工場的な分業作業になり、機械化や合理化が進み、専門的に細分化し、全体も見えにくく、自己裁量でできる範囲も限られるようになります。働き手も容易に取替えの効く、単なる数になり、作業時間を売るだけの存在になり、その時間内で結果が求められ、ストレスが貯まる構造になりました。それでも未だ職場の個々人に裁量権が与えられ、工夫できる余地があり、一人一人が当事者意識や役割を感じられる働き方をしている世代が多い組織では、多くがやり甲斐もって働けているようです。というのは大きな組織設計事務所でもどんな物件だろうと担当する主要メンバーは5~10人程度の少人数チームで行うと言います。
家業的体験がない世代が多くなった大組織では、組織の目的や手法に共感を持てないまま、マニュアルに則った作業が大半になると、自分の作業の意味や価値を全体の中で捉えることが出来ず、仕事を自分事として捉えられなくなります。もともと他人には無関心であることが礼儀でもある都会生活では、他者との関りは浅く、離反も容易なコミットの仕方が身に付いています。職場のマニュアルに沿わない又は新たな事態になると、自分で考えず、指示を待つ傾向が多くなります。或いはするべきことが想像できても、指示と違う状況だから他人事のように考え、今でなくともいいとか、失点となるリスク回避のために、むしろ自分の意志を持たず、センサーだけを働かせて、督促されるまでは余計なことはしなくなります。
AIに問う作業となると、マニュアル通りにいかない事態だからAIに問うわけですが、組織の目的に共感がなく、自分で考えようとしない者には、AIの回答に肝心な内容が欠落してないかどうかの判断ができず、最適な解答を導くのに、かえって時間のかかる、ワークスロップな作業になる恐れがあります。マニュアル通りにいかない状況に、自分で考え、生産性を高めるスピードや工夫を求められても、家業のように請け負う(自分の仕事として引き受ける)働き方を知らない人が多くなってくると、どう働けばよいか戸惑ってしまいます。いくら高額の所得をちらつかせても、所詮数として扱われる限り、3年で3割の転職や、精神的に病んで休退職する者が多くなるのも不思議ではありません。体験的にもこれまで小さいアトリエ事務所ながら、多くのスタッフと一緒に仕事をしてきましたが、家業を持った家で育った者は、どう働くべきか、言わなくても何となく有効な働き方や提案をしてくれた者が多かった気がします。
家業は生業(なりわい)であることを、親が常に何から何まで、自分の判断して行っている働き方を見せていれば、子には自然に伝わります。猫の手も借りたい状況なれば、手伝えるものがあれば手伝わざるを得ず、作業の押し付け合いはしても、作業結果や責任は明白です。匿名的な働き方で回避はできず、いやでも色々な体験を重ね、他者との交渉等で社会的適応能力も培われます。
時代に即した家業であれば、どんな状況にも常に主体的に工夫しながら働くしかなく、手伝う家族にも、自分の作業量に影響するので、受注や納期まで心配するようになります。また家業を手伝い続けるうちに、作業の割に身入りの少なさに不満を覚え、経営の仕方も気になり、自分なりの考え方や意見も生れ、当事者意識が強くなり、経営者的視点が身に付いてきます。
働き方は生き方でもあることを、働いた成果の多寡が教えてくれます。少なくとも経営が順調で予定した成果が得られるようなら、家業で揺るぎない価値観やアイデンティティーを形成することになり、生きていく上で必要な帰属感を与え、精神的拠り所になります。しかしそれ故に、家業には否応なく職業を強いる面があります。そのことは、職業選択ができないまま、モラトリアムで永い年月を無為に過ごすことなく、働くということはどういうことか、体験の機会を与えて、試してみることもできる場にもなります。しかし、仕事の向き不向きや、経営の好不調で、その家業を離れ、別の職業を選択しようとする者も出てくるのは自然な成り行きです。
非雇用化社会になり、家業(自営的職場)が激減し、今日、その雇用も裁量領域が殆どない働き方になってしまいました。また家業から生業(なりわい)の消えた、被雇用者の家庭では、家業(生業)が果たしていた経営的視点(当事者意識)を持った働き方や社会的対応能力を養成する役割を果たすことは困難です。かといって教育機関で教える働き方の知識や情報は、体験が伴ったものではなく、必要なものがどれ程身につくか定かでなく、養成の役割を担わせることには限界がある気がします。情報は飲み水と同じで、SNSのように浴びせるごとく与えても、喉が渇いてない限り、飲み込める量は限られ、血肉化しません。
経営者的視点を養成する役割を担う場が家業と共に少なくなっていったことが、働き方を考え直さざるを得ない根本的要因ではないかと思われます。働き方を見直すのは経営者の責任ではありますが、見直すべき内容のいくつかはむしろ働く者の意識のあり様にあると思われます。というのは働くことには本来喜びがあり、その喜びを味わえる働き方がどのようなものか、自分でも考える必要があるからです。それは指示を待つ働き方ではなく、家業のように一人一人、組織の目的と実現方法に共感とまでいかなくとも納得の上、自分の役割や仕事を全体の中でよく理解し、通常と異なる事態にも、廻りと確認し合って状況を把握し、その中で何をなすべきか、経営者的視点で考えながら働けることだろうと思われます。そんな働き方の中で喜びをもって働くには、自己管理と遂行能力を高めて(キャリアアップ)、必要な提案や検討をし合える職場になっているか、なっていなければ、自らも考えて提案できる職場にしていく必要があります。その上でコミュニケーション能力 (ある意味いつでも独立できる能力)を働きながら培い、各自が工夫の余地のある働き方ができ、やり甲斐や精神的拠り所が得られる職場に、他人任せではなく、自らも働き掛けていくことではないかと思います。

