ある建築愛の詩-小さな愛が伝播し不可能を乗り越えていった

それはめったに降ることのない雪が千葉にも降り積もった、忘れもしない衆議院選挙のあった日曜日の、小さな修理作業でのことでした。18年前に私どもの設計で建築した住宅を、12年程前に購入された方から、暖房機が不具合とのことで状況を見にいくことになっていました。暖房機器がスイッを入れると一時間ほどでゴトゴト音がするとのことです。住人の方は心配で、半信半疑のまま、その家のもとの設計者に相談したのだろうと思われます。 

駅前広場も雪で覆われていました。

当日、自宅を出る朝、その家の方から「雪がひどく降っていて大変でしょうから、来られる日時を延期されてもいいですよ」と気遣いのメールが入りました。確かに電車にも遅れが出ていて、暖房機メーカーの方とも途中待ち合わせていましたから、その方も大変と思い、携帯に電話を入れました。すると「自分の方はもう川越を出ていて、現地にはあと一時間ほどで到着しますが、設計者さんも大変でしょうから延期してもいいですよ」との優しい言葉、それじゃ、私から頼んでおいて行かないわけにはいかないと思い、住人の方に、「メンテナンスの方があと一時間ほどでそちらに着くとのことです。私の方が電車の遅延で遅れそうですが必ず行きます」とメールを入れ、現地に向かいました。

街は隅々まで雪で覆われていました。

実は今の住人の方とは私も面識がなく、購入された時に表札の書き替えの相談に乗ってあげただけでした。その住宅の前の建て主さんとは家づくりを楽しく進めさせていただき、出来上がった住宅も大事に使われていた方でした。できれば売りたくないと思うほど、家を愛されていた方だったので、一年ぐらいは売れなくていい、というつもりで売りに出されたそうです。しかし一月もしないうちに売れてしまったとのことでした。転居先の関西では、しばらくは賃貸マンションを覚悟していたけど、売れたとのことで、引っ越されて手ごろな土地を見つけ、「関西でも設計監理をしてもらえますか」と問われ、「喜んで」と二軒目の家づくりのお手伝いもさせて頂いた方でした。伊丹の家 | (株)結設計|東京・建築家|住宅・建築設計事務所だから、その方のためにも、売られたその家は自分にとっては余計大事に思えました。

その暖房機というのはファンコイルユニットという機器で、一台で40坪ほどの家全体を床下から暖められる機器です。それは給湯器から配管でお湯をファンコイルユニットの中のコイル状の箇所に通して、それにファンで風を送り、温風にして噴き出すという、単純な機械で、故障しにくいものです。この暖房機を一階の和室の床下に設置して、一階の床下全体をその温風で暖め、床の数か所にスリットを設けて室内に吹き出し、階段室や吹き抜けを通って二階の部屋も暖めます。二階天井付近から、その温風を一部設けた二重壁のダクトを通して一階床下のファンコイルに戻して循環させる、家全体を暖める仕組みの暖房です。

最近エアコンを床下に設置して、似たような仕組みの暖房をする設計者も出てきていますが、ファンコイルユニットはパワーが数段違っています。壁掛けエアコンの暖房仕様だとせいぜい30畳ぐらいの面積が目安と表示があり、よほど住宅全体の断熱と気密性能を高くする必要があります。ファンコイルユニットなら、小型の機器でも倍の60畳の面積でも家全体を暖められます。費用的にも当時一台40万円程度だったと思います。但し床下全体を温風がくまなく通るように設計する必要があります。それとエアコンメーカーからは、このような使い方は補償対象から外れると言われます。

しかし実をいうと暖房機の相談があった時、正直困ったと思いました。というのは、18年前の住宅を施工した工務店は、社長さんが亡くなられて廃業されていたので、暖房機を設置した設備屋さんとは連絡の取りようがなかったのです。さらにそのファンコイルユニットは、本来大規模施設用の機械ということで、家庭用機器としての審査は受けておらず、12年前に600ボルト以下の受電設備の小規模施設での使用はしないようにと、国から通達が出ていて、新規の住宅では使えなくなっていたのです。だから今回はさすがにダメかも、と思いました。

 そこでまず、メーカーに問い合わせ、相談したら、メーカーとしては対応できないので、子会社のメンテナンス会社を紹介するとのことです。そこに相談したら、基本的には施工した設備屋さんからの問い合わせでないと、問屋さんが分らないので動けない、というのです。施工者が分かららないとやはり門前払いか、と諦めかけたのですが、関西に新たに建てられた建て主さんの顔が浮かび、「他の家のファンコイルを設置した別の設備屋さんではだめか」と食い下がってみたら、無理かもしれないが会社内部で検討してみるとのことです。だめかと諦めかけていたら、電話があり、その設備屋さんが付き合っている問屋さんの名前を挙げて見てくれ、と言ってきました。そこで昨年の暮にやはり「ファンコイルが作動しない」と東久留米の建て主さんに相談され、見に行った際の大宮から来ていた設備屋さんを思い出し、親身になって一緒に直そうとしてくれた人だったので、その方に電話で相談してみました。そしたら問屋さんの名前を挙げてくれ、その名をメンテナンス会社の方に告げたら、その問屋経由ということで、治るという保証はできないが、メンテナンス要員を派遣するということでした。当日何かあるといけないからと、行く方の名前と連絡先や携帯の電話番号も教えてくれました。

 そんな経緯もあっての訪問で、雪は降るし、電車は遅れるし、正直今日は無駄足になるかも、という想いもありました。そこに、住人の方から気遣いのメール、雪の日に川越から千葉まで車で来てくれるメンテナンス方の、道のりの半分以上進んでいるのに、自分をさておきこちらを心配する優しい電話応対、しかも駅から雪で大変でしょうから駅で待っているとのこと。自分も腹が座りました。

十数年ぶりに、その住宅に到達し、雪の中に建つその家の風景を初めて見て、中に入ったら、昔のまま奇麗に使われていました。挨拶もそこそこに、さっそく和室に入って畳を上げました。下地の荒床を剥がしながらメンテナンスの方と自分が思わず「いい仕事をしていますね」と、同時につぶやきました。建築当時建てた職人さんの丁寧さが目に付いたからです。最近下地処理にこのような仕事を見る機会が少なかったからです。このような丁寧な仕事を目にすると、後から仕事をする次の職人さんも、それなりの人だと気合が入るからです。

畳を剥がした和室の荒床が出たところで、外しやすいように切り込みが入っています。
荒床を剥がした下には防音用の石膏ボードまで敷いています。

メンテナンスで来た方は、露わになったファンコイルユニットに試験的にスイッチを入れてみて音を確かめているようでした。するとやおら機械の箱の外殻を外して中の機械のファン等も露にされたので、私はちょっとびっくりしました。通常メーカーから来る方は営業の方が多く、様子をみて故障の原因をいくつか推察して、一度会社に戻って,原因らしき問題に詳しい者を改めて連れてくることが多いからです。自分はてっきりそう思っていましたから、不具合の原因を見つけられれば御の字と思っていました。

根太下にファンコイルユニットが見えます。

この方は違っていました。メカニックにも詳しく、ファンコイルの右側の方で微かにチリチリと音がするから中を見てみるとのことです。カバーを外して中のファンを覗いてみていたら、「これだと思います」とスマホで撮った写真を見せてくれました。ぼんやりとして見極められませんでしたが、小さなネズミが干からびて貼りついていました。これが最初はチリチリと音を出し、回転数が多くなってくると、左右のバランスが狂ってきて大きな音になる、とのことです。その後貼り付いたネズミを除去し、掃除をして機器のカバーをもとに戻し、修理は済みました。その後ネズミの入りそうな冷媒管等の、幾つかあった穴も丁寧に塞いでくれました。

送風ファンの中に微かにネズミらしきものが見えます。

見事な推察で、大したお手並みです。自分は、2,3回この住宅に通うことを覚悟していましたが、一回で済みました。住人の方は機器を取り換えてもいいと言われていましたが、前に述べたように新規の暖房機械は住宅には取り付けられないという情報を聞いていたので、メーカーに改めて聞いてみます、と応えました。今回はこれで支障なく使えるでしょうから、清掃もして様子を見て、具合が悪くなったら部品交換をしましょう、ということで、機械を元に戻して、畳も敷き直し、メンテナンスは終了しました。帰り際、二階の温風のリターン口のフィルターを洗っていただくようにお願いし、今回の作業の費用は、メンテナンスの会社の方から、直に請求して頂くことになると説明し、その後、住人の方から住まいについての質問にお答えして、とてもすがすがしい気持でその家を後にしました。き

今回の暖房機の不具合への相談対応は、正直ここまで順調にいくとは思いませんでした。なぜこんなにもすがすがしい気持ちになれたのか、振り返ってみました。最近メンテナンスで問題があると、建て主の方から、権利として色々要求する方がいて、親切にと思ってしたことが仇になる場合が時々あり、それを恐れ、ビジネスライクに対応する施工者も多くなりました。しかし今回は逆でした。住まいへの愛情たっぷりにつくられた建築と分って、購入された方も大事にしながら住まわれていました。それ故機能はするけど暖房機の不具合が気になり、ダメもとで、元の設計者に相談され、そんな方からの相談故に、もともとの建て主さんの愛情を知っていた設計者も、施工者が廃業していてどうしようもないと分かっていながら、何とかしようと知恵を絞り、法的には対応できなくなったメーカーに相談しました。そこの担当者も、自分等には何もできないから、メンテナンスということで、子会社を紹介し、そのメンテナンス会社の方も、廃業されて問屋が分らないと対応できない、といいつつ、設計者の知っている他の施工者の問屋でもいいか、というアイデアに応じてくれ、本来関係ない他の設備屋さんも、状況を知ってのことか、応じてくれ、メンテナンス会社の担当者も、状況に合わせて、対応能力の高い方を回し、雪の降る日曜日にもかかわらず、遠い川越から来て、建物の下地処理仕事の丁寧さに感心し、原因をしっかり見極め、一回で直すことができました。まさに建築への愛が伝播し、いくつもの困難を乗り越えさせていった、と言うしかない出来事でした。その後住人の方から、設備屋さんから請求書が届き、納得して支払ったというメールも頂き、事前に見積もって頂いてから修理してもらう、と説明した自分としては、一回だけで全て済み、高い請求書がいったらどうしよう、と心配していたので、ホッとしました。

帰るころは道路の雪が消えていました

帰りに何となく嬉しくなって、自分も嬉しさを他の誰かにお裾分けしたくなり、乗換駅で売っていた鯛焼きを十個ほど買って、めったに見ることのない雪景色できれいな夕焼けを見ながら家路につきました。