新型コロナ感染症社会とヒュッゲな時空間

 新型コロナ感染症対応で、誰もが自宅で過ごさざるを得なく、世の中何となく閉塞感が漂い始めている気がします。どうせ自宅にいる時間が多くなるなら、これを機会に、住まいを気持ちよく過ごせる時空間にする工夫を考えてみてはどうでしょうか。その参考にデンマークの「ヒュッゲ(hygge)」を紹介します。下の文は数年前に書き留めたものですが、当時、世の中の景気が横ばいと言われながらも、旅行ブームであり、インバウンドの海外旅行客がどんどん増加し、若いファミリーはキャンプなどのアウトドア指向が盛んでしたので、住まいにじっとしている雰囲気ではなさそうで、下書きにとどめていました。

 幸せや幸福などという言葉は、安易に口にしたくないのですが、今回はデンマークの「ヒュッゲ」という言葉に出会い、住宅設計の究極の目的はまさにこれではないかという気がして、取り上げたいと思います。

 デンマークは「世界で最も幸せな国」と思っている国民の多さのランキングで上位の常連で、殆どの年が一位のようです。その理由は色々あるでしょうが、特に大事にしているのが、「ヒュッゲ」という単語の価値観で、和訳すると「居心地がいい時間や空間」という意味とのことで、「満ち足りること」というノルウエー語に由来する価値観から来るそうです。

 北欧、特にデンマークでは暗くて寒い冬が長期間続き、その上一年の約半分は雨の日で、「ヒュッゲ」な状態を意識して作らざるを得ないから生まれた価値観ではないかと思います。デンマークではその価値観は家に現れ、自宅を「ヒュッゲ」にするためのお金と労力は惜しまないようです。

 デンマーク人に「ヒュッゲ」と聞いて何を思い浮かべるかと聞くと約85%の方は、「キャンドル」と答え、場所はと聞くと7割は「家」と答えるそうです。「ヒュッゲ」を作る一番の近道はキャンドルを灯すことで、一人当たりの消費量が世界で一番多く、年間消費量は6kgで二番目のオーストリアの3.16kgをはるかに凌ぐようです。但し、人工的アロマキャンドルはあまり人気がなく、自然なオーガニック製品を好むようです。それもあって、照明には強いこだわりを持っていて、製品をじっくり選び、考え抜いて配置し、柔らかな陽だまりのような空間を作り出そうと、色温度は低く(暗く)し、「ヒュッゲ」の度合いを高めようとするそうです。

 毎年10月から3月まで自然の光を浴びることのない、暗くて寒い冬の土地なら当然かもしれません。その分太陽が帰ってくる、春や短い夏の喜びはひとしおでしょう。このような自然をどうにかしたいと生まれた対処法が「ヒュッゲ」のようです。日本の寒い地方の「こたつ」と通じるものがあるのでしょうか。

 当然どこの家の中も、こだわりのあるインテリアで、考え抜かれた空間にし、暖炉や薪ストーブがあり、木製品、陶磁器、ビンテージ家具、ブランケット、・・・と装備品もこだわった品々が選び抜かれてあることは想像できます。

蓄熱基礎暖房の熱源にもなっている薪ストーブのある男の工作室

 「ヒュッゲ」について語る中、社会や他者との関わり方にも見逃せない点があるような気がします。ヨーロッパでは、平均して週一回は友人や同僚及び家族と交流するといいます。その割合は欧州全体では60%ほどですが、デンマークでは78%に上るといいます。その交流を他国では、カフェやレストラン、パブですることが多い中、デンマークでは、こだわった家がその中心のようです。

 「ヒュッゲ」な空間は一人でも楽しめるのでしょうが、親しい友人や家族といった小さな集まりの交流の中から生まれてくる、と捉えているようです。「ヒュッゲ」な空間では、打ち解けた雰囲気の中にも、気配りがあり、自分が主役になろうと、長々と会話を支配する人はなく、もちろん人の話の腰を折ることや、無視して他の人と勝手な会話するなどのマナー違反はないでしょう。平等主義を大切にし、ホスト一人だけキッチンに籠るでなく、皆で分担し合い、よりヒュッゲらしくしようするそうです。

 家も、人に見せたくなるような空間にしたいでしょうから、訪れた人もまた来たくなるような魅力ある空間にできるかどうかなど、設計者にも「ヒュッゲ」を生み出すことに協力できる要素は少なくないようです。

 

 住まいに共感される個性と美しさがあれば、人を呼びたくなるでしょう。来てくれる人がいれば、片付けて綺麗にしようと思い、それも片付け易い収納が家の各箇所に自然に目立たず備わった設計になら、苦になりません。片付け易ければ人を呼ぶことに抵抗がなく、来た人も片付いて綺麗で魅力的な空間ならまた訪れたくなります。どんどん良い方向へのスパイラルが生まれます。設計者には重要な役割があると言えそうです。

高木と空の見える高窓

 「ヒュッゲ」の鍵は「人と一緒にいることや社会とのつながりが人の幸せの本質である」という考えにあるそうです。幸福を研究する世界中の研究者では、小ぢんまりした親しい人の集まった状態が「オキシトシン」というホルモンを分泌し、敵対心を和らげ、社会的繫がりを求め、幸福と感じさせる、というのが共通見解のようです。

 

最近のフェイスブックやラインなどSNSの隆盛にもそれが見て取れます。都会の中や電車などでは、多くの人と一緒にいるようでいて、関係性がなく、幸福感を得にくいところがあります。それがSNSで自分を公開表現し、それを見て分ってくれる人の存在を確認することで、細やかな幸福感と社会と繋がった感が得られ、それを求める心情がSNSの隆盛を引き起こすのかもしれません。

蔦の影が映る障子
蔦の影が映る障子

 建築の雰囲気を洋風などと、一言で表現するようなところがありますが、幸福を得る「ヒュッゲ」という様相は、イギリスやフランス、あるいはドイツなどの欧州の主流とも違い、また的確な自己主張を必要とするアメリカや、楽天的なイタリアなどのラテン系の国々とも違う気がします。

 人口減少で右肩上がりの経済が期待できないこれからの日本社会が、幸福であるためには、日常的な営みの中に、「心地よい時間と空間」を見出していく「ヒュッゲ」が極めて参考になりそうです。なぜなら、日本にも本来「足るを知る」という格言があり、かつて時間的余裕のあった時代には、ひな祭り、端午の節句、花見、お月見、正月、七五三、お盆、あるいは各地のお祭り等々の「年中行事」がありました。日常という代り映えしない褻(け)の時間に、ほんの少し晴れの時間や空間を演出し、生活の中に喜びを見出す手法があったことを考えると、素養は備わっていると思われるからです。それが生産性の偏重から忙しくなってくるにつれ、形式化し、厄介になり、歓びを見いだすどころではなくなった感があります。

玄関に設けた床の間
玄関床の間

 しかしすでに若い家族の方達には、その価値観が変化した形で育っていて、経済成長や出世競争などに狂奔する野心を冷ややかに見る視点があり、ささやかでよいから、日常の新たな「心地よい時間と空間」を求める生活をすでに実践している観が見受けられます。しかし残念ながら日本の居住環境は貧しいのか、あるいはさほど寒くないせいか、酷寒の北欧ほど充実せず、住まいにそれを求めず、自然の豊かなアウトドアに求める傾向がある気がします。

 

 これは、「ヒュッゲ」のような「心地よい時間と空間」を家に求めるほど「ヒュッゲ」に重きを置こうとする自覚まではなく、文化としての市民権まで育ってないだけのように見えます。現実にこの半世紀の日本では、各個人に時間的余裕がなく、年配の男性は特に「ヒュッゲ」のような傾向はありませんでした。今後雇用が改善され、時間的余裕が増すにつれ、そのような価値観を求める傾向は、若い人達から、ますます強くなっていくような気がします。

居間の外にあるアウトドア
二階アウトドアリビングデッキ

 このようなヒュッゲを創出する舞台としての住まいづくりは、国や地域で気候や風土も異なり、表情に違いは当然あるでしょうが、住宅を設計する際の究極の目的であることには変わりはない気がします。今後「ヒュッゲ」という価値観を意識して、設計を進めたいと思います。

 コロナ感染症対策で、自宅で過ごす時間が多くなるなら、逆手にとって、住まいで過ごす時空間を「ヒュッゲ」な価値観で満たす工夫をしてみませんか。