投稿者: 藤原昭夫

大きな落書き

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家を新築すると、子供さんの落書きを、皆さん心配されます。

でもこれだけ大きな落書きならどうですか?

大の大人、三人がかりの特大の落書きです。子供の落書きなんてかわいいもんです。

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事務所の隣のビルが外壁補修のため、外壁のモルタルとコンクリート躯体との間に空洞ができていないかどうか、先端に鉄球が付いた打診棒でたたきながら調べ、ひび割れ部分に印をつけたところです。

印のところに、これからエポキシ樹脂を注入し、再度仕上げをすると思います。その時はまた報告いたします。


保存される建築物‐2

先日のブログに、重要文化財に指定されている建築も展示されていると書きましたが、その中のひとつが「東松家住宅(とうまつけじゅうたく)」です。
明治20年台後半まで油屋を生業とし、その後、昭和の初めまで堀川貯蓄銀行を営んでいたとされるこの住宅は3度もの増改築の末 明治34年に現在の形になったそうです。
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江戸時代末期には平屋建てだったそうですが、明治24年以降に改築と2階部分の増築を行い明治34年に3階部分の増築を行ったというこの住宅は、入り口を入ると3層の吹き抜けの土間が広がります。これは、2・3階にある奥の部屋まで光を取り入れる為と、上階に住む主人が1階の店の様子を把握できるようにとの工夫だそうです。

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今で言う店舗併用型住宅ですので、店舗のほか居住スペースもあり2階には茶室も用意されています。吹き抜けに面した廊下はあたかも路地のように計画され、茶室手前の待合に入る戸の壁側には半円形の障子の入った壁があります。
客人が待合に入るときに入り口の戸を開けるとこの障子に戸が掛かり、半円形の障子の裏手にある部屋に光が届かなくなることで部屋で待っている主人が客人の到着を知ることのできる仕組みとなっています。
とは言え、半円形の障子がある手前には引き違いの障子があるため客人の到着はそんなことをしなくても判るのですが、主人の遊び心がふんだんに盛り込まれておりとても面白いです。
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現在では木造3階建ても一般的になっていますが、現行の建築基準法で準防火地域内での木造3階建ての建築が可能になったのは1987年のことです。
3階建てにする理由は土地の有効活用という目的が多く、また、構造的な理由もあり3層の吹き抜けを設けた木造3階建ての住宅を見ることは無いように思います。
明治時代は3階建てにする理由も現在とは大きく異なり、とてもダイナミックで贅沢な空間構成となっていました。


南米ボリビア ウユニ塩湖

去年に南米のペルー、ボリビアに海外旅行に行きました。写真はその時のものでボリビアにあるウユニ塩湖です。
以前のブログでウロス島の食べられる建材「トトラ」について書きましたが、今回は食べられる建材「塩」です。

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写真は、ボリビア西部にある都市ウユニから車で1時間ほど進んだところに位置する広大な塩の大地、ウユニ塩湖です。

白いのは、雪ではなく全て塩です。

都市ウユニは、ボリビアの首都ラパスから約550キロメートルのところにあり、これまではほぼ車での移動手段しかなかったのですが、2011年に空港が開設され飛行機による移動が可能となり、格段に行きやすくなりました。そのせいもあってか、最近はメディアにもよく出て、旅行ツアーも多いです。

この大量の塩は、数100万年前に海の下に沈んでいたアンデス山脈が隆起した際に大量の海水がそのまま山の上に残されることとり、さらにこの地域は乾燥した気候であったこととウユニ塩湖が流出する川を持たなかったことにより、干上がってこのような広大な塩湖が出来たそうです。

ウユニ塩湖の広さは約12000k㎡、標高は最高地点で3760m、季節は5月~11月頃が乾季、12月~4月頃は雨季となり、2つのまったく違う風景が見られます。

ウユニ塩湖はほとんど高低差が無いので、雨で冠水すると数cmの水が波も立たないほど薄く広がり、水が蒸発するまでのわずかな雨季の期間に「天空の鏡」と言われる、水に空が反射した巨大な鏡が出現します。

私が行った時は5月の連休で乾季になりますが、その年は雨量が例年よりも多かったそうで、ところどころに水が残っている状態でした。
乾季は塩湖内を4WD車で移動できますが、雨季になると水が張ってしまい、車が塩で傷んでしまうので奥までは行けないそうです。
乾季でしたが、塩を数cm掘ると水がしみ出てきます。
完全に表面が干上がっているところは、塩の結晶の模様になっていました。

結晶

ウユニは塩の生産と観光が産業のほとんどを占めていて、塩湖の周囲に住む人たちは、塩を国内外に販売しています。一般の食用の塩は、湖の表面の塩を削り取り1m程度の高さの小山を作って乾燥させて作ります。また塩湖に斧で切れ目を入れ、数十cmないし1m程度の大きさの立方体に切り出すことも行なわれていて、ブロックのまま別の塩精製施設に運んだりして使われています。運んでいるトラックを数台みかけました。

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塩湖に行く前にこの塩精製施設に行ったので、いつかは塩が枯渇してこの産業も廃れてしまうのかなと心配してしまいましたが、塩湖を見た瞬間そんな心配は吹き飛んでしまいました。近い将来では無さそうです。

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塩をブロックのように直方体の形に整え、建材として使われているホテルがあります。
床には白い砂が敷きつめられているのかと思いきや、塩です。
座るベンチも塩で出来ています。
大量の塩は様々な使われ方をしています。

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桜が咲き始めたようです

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桜の開花宣言が出ました。春になり、選抜野球をはじめ、色々なところで、いろいろな人の、数多くのことが新たに始まる季節になりました。そんなに見ていたわけではありませんが、冬期オリンピックでも、アスリートの活躍に若さを感じ、感動する若さとは何だろうと、飲みながら友人と、考えてみました。

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感動を覚える選手の若さの要因は、言動が健気で、ひたむきで,謙虚で、労苦を厭わなく,感受性が強く、思い通りにいかなくても、人の所為にせず、自分を叱咤し,何度でも挑戦しようとし、思いを達成するためには自分が変わらなければと思い、何より周囲にとても気を使っていることではないか、となりました。 逆に若さがなくなってきていると感じさせる要因はというと、全てその逆で、言動が太々しく、気まぐれで、不遜で、何でもおっくうがり,感受性に乏しく,思い通りにかないと人の所為にし、自分の至らなさの自覚なく、自分を厳しく見つめようとしないまま安易に妥協し、自分を賭けての挑戦どころか、いつも他所の批判と勝手な解説だけで、事態の改善は自分以外の者が何とかすべきだと考え、あたりかまわず傍若無人に開き直っていることだ、となりました。

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そう分って、じゃ自分はと問い、大いに怪しいとなり,次に廻りを見渡すと、最初から諦めているような人が多く,新たに踏み出そうとする意欲が見えず、そのくせ一見言葉使いは丁寧そうでいながら、内実不遜であることに気がつかず、既に年老いてしまったのでは、と覚しき人が、案外少なくない、ということになりました。しかも年齢的に上の人だけならまだしも、以外と年齢的に若いはずの人にも多く散見し、どういうことだろうと、話に花が咲きました。


那須の家 足場解体と内覧会のお知らせ

那須の家は、足場が外れました。
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屋根の向こうに雪をかぶった那須の山が見えます。
屋根は、単純な形の組み合わせなのですが、複雑に見えますね。大工さん板金屋さんに頑張っていただいてすっきりとした納まりになりました。
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居間の北側は、庭になっていて屋根に囲まれた小さい中庭のようになっています。
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内部は、床のフローチング張りと天井のクロス貼りが終わっています。
角材連結パネル(FSB壁パネル)が蓄熱しているためか、外に比べて室内は暖かいですね。

この那須の家は、4月19日(土)・20日(日)の2日間に建て様のご厚意により内覧会を開催できることになりました。
いつもの結設計の住宅とは少し違う、FSB工法の住宅をご覧いただければ幸いです。
住宅を見学された後は、大人気のショウゾウカフェに寄ってみたり、那須の温泉に入って行かれるのも良いと思いますよ。
(個人的には「ショウゾウカフェ」は黒磯と那須のお店両方に行ってみることをおすすめします。雰囲気がちょっと違いますよ。)

ご興味のある方は、事例案内申し込みフォームよりお申し込みください。お問い合わせただいた方に詳細をご連絡致します。


古都の近代建築

ゴールデンウィークが近づいてきました。
昨年のゴールデンウィークは京都に行き、近代建築をいくつか見てきました。
京都といえば神社仏閣や庭園を観に行かれる方が多いと思いますが、実は京都市内には近代建築が数多く残っています。

その時に見た建築の一つ、京都文化博物館別館です。
元は日本銀行京都支店として建設されました。
設計は東京駅の設計などで有名な辰野金吾です。
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外壁のレンガと目地のアップです。
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この目地は覆輪目地といい、目地の中央が盛り上がった手の込んだ処理です。
東京駅の復元の際にしばしば取り上げられていたディテールですが、ここにもありました。
辰野金吾が好んで用いた手法だそうです。

こちらは旧・京都中央電話局です。今は新風館という商業施設として改修・利用されています。
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設計にはパリのポンピドゥー・センターなどのいわゆるハイテク建築で有名なイギリスのリチャード・ロジャースが関わっています。
外観はオリジナルのものを上手く保存していますが、中庭にはロジャース氏の作風が表れています。
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京都にたくさんの近代建築があったり、ハイテク建築があったりするのは意外な気もしますが、今残っている京都の古い建築物も建てられた当時は最新の技術で建てられていたはずです。
京都の人が実は「新しいもの好き」だと言われる理由が垣間見えた気がしました。


保存される建築物

愛知県の犬山市に 建築物の移設、保存、展示を行っている「博物館明治村」という施設があります。広大な敷地には明治時代の建築物を中心に、大正、昭和の建築等も含めた多数が保存されており、その中の10件は国の重要文化財に指定されています。

明治村に移設・復元展示されている有名な建築物の一つに、登録有形文化財に指定されている、建築家フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテル旧本館(ライト館)中央玄関があります。玄関部分のみの移築ですが、ホテルの玄関ですのでそれなりの大きさです。
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この帝国ホテルの竣工記念披露宴の準備中に関東大震災が発生(1923年9月1日)したそうですが、建物にほとんど被害はなかったそうです。
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細工の施された大谷石と煉瓦積により内外のデザインがまとめられており、とても美しいです。エントランスは3層の吹き抜けとなっており、大谷石とレンガのラインがとても印象的です。空間的に少し低い印象を受けましたが、それが落ち着いた印象を与えているようにも感じました。
また、どの部分を取ってみても一切の妥協がないと言えるほど、細部にまでこだわって設計していることが見て取れます。
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ホテルという大規模な建築で、ここまでの詳細をもつこの建築に非常に良い刺激を受けたのとともに、どんな客室があったのかと興味をかきたてられました。


大宮の家 屋根通気層

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大宮の家は木工事を進め、設備関係の配線、配管を進めているところです。
写真は屋根の通気層のところが見えているところで、シルバーに見えるところはアルミ箔が付いている断熱材です。
まず屋根の剛性を保つための垂木を架けて、合板、断熱材と打ち付け敷き込んでいき、さらにその上に通気層を設けるために通気垂木を架けます。
断熱材の外側に通気層があることによって、外気の温度差の伝わり方が緩和され、特に夏の強い日差しを浴びている屋根材から伝わる熱は相当大きく、空気層で通気をすることによる断熱効果は大きいです。
垂木を2重に架けていることになりますので大工さんの手間はその分かかってしまいますが、大きな役目をしています。
熱せられた空気が上昇して排出するために、入口と出口を設けその間が塞がれないようにちゃんとルートが確保されていることが重要です。
寄棟の部分も、出口となる棟の部分もちゃんと隙間が空いていて空気が通れるようになっていますね。

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中落合の家 最近の現場

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外回りは、外断熱材張りがほぼ終わりました。
この家は、傾斜地をうまく利用して、地下を設けました。地上2階建てなのですが、敷地で一番低いところからは、3階建てに見えます。
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屋根では、ちょうど屋根材葺き工事をしているところでした。


優柔不断な設計と合意形成そして知性

 たまに、家づくりをして体を壊したという話を聞くことがあります。自分の経験ではありませんが、それはやってみて、思っていた以上に大変なことが分かって来て、くたびれ果てて病気になるのだろうと思われます。大変なことは、予算が少ないとか、敷地が狭い、あるいは引っ越し作業等が大変というようなことより、多分、家づくりは複雑に絡み合ったいろんなことを、改めて決めて行く作業であることからくる、“決める”ということの心労ではないかと思われます。
 一見、設計と関係ないことですが,今、北アフリカ、中東、東アジア、ブラジル、ウクライナ等、世界の至る所で内部紛争が生じているようです。世界中が予想以上に多様性に富むようになり、しかもその情報が瞬時に、誰にでも容易に手に入れられ、自分等と周辺の差異が目に見えます。如何していくべきかを決めようとすると、そこに相互の得失も想像でき、まして宗教や民族どうしの欲が絡み合っていれば、より複雑になり,合意に至ることがますます困難になって来ているからだと思います。今日、最も困難で、心血を注いで発達させなければならない技術は、ものの生産性を上げるような工業技術等より、多様な民族と価値観の中での合意形成の仕組みなり、ルールづくりの技術や学問ではないかという気にさせられます。
 このように多様性に混乱させられる状況は、実は住宅の設計でも、設計者はもちろんのこと、依頼主にも、どのような住まいにするかを考える時、同じ様相を呈して迫ってきます。大まかな有り様から始まり、細部に至るまで何段階にも渡って、考えれば考える程、沢山の情報がいやでも入って来て,選択肢が多様に存在することが分かってきます。又その気になれば技術的には、殆どのことが可能であり,好き嫌いや自分の判断だけで決められそうでいながら、いろんな要素がからみ合い、決めたと思ってもすぐに考え直さないといけない要因がすぐ出てきて、決めきれないことも分かってきます。
 情報が多く錯綜するなかで、決定を迫られながら進めて行くのが住宅の設計です。自分の価値基準がその都度問われ、考えても見なかった問題の表出の連続になります。その都度毎あまり考えず、決めてしまい、楽になりたくなります。むしろ情報を遮って、決定し易くしたくなります。だからなのか、メーカー等の規格型の住宅に走る人が多くなるのかもしれません。自分で誠実に決めようとすると、色んな場合の切実性や希望、あるいは価値観等で、自分の中の合意形成すら難しい時代になって来ています。
 いつまでも決めきれない事項を抱えているのは、気持ち悪く、苦痛でもあります。だから病気にもなります。でも住宅の設計は、ある段階で、ある事項の決定に、未だ分かってない要素の影響が後々に作用することがあり、決め切れないまま多くのことを留保しながら、物事を暫定的に次々判断して行く作業でもあります。
 フランスの現代思想を専門とする内田樹氏が、知性とは留保し続けられる能力である、と言っています。自分はちっとも知性的ではないのですが、極めて優柔不断な人間で、これが最適か、といつも迷い、手探りばかりしています。でもそんな優柔不断な自分の欠点が、知性,と捉えることができるとなると、どっか慰めになります。決めきれない建て主さんにもお勧めです。
 通常、経験が多くなってくると、確かに迷わなく決められるところも増えてきます。しかし,今度は経験の量と共に、見えてくる可能性が、新たな材料機器や手法と共に増えて、選択肢も増々多くなります。そうすると、より最適な回答が他にありそうに思え、欲が出て,また決めきれなくなってきます。いつまでたっても優柔不断は変わりません。
 結局住宅設計で決まるのは、全ての事項を暫定的に決めた図面が、とりあえず整い、工事者の見積もりも出て,できそうなことと可能な予算の配分が明らかになったとき、全てのジグソーパズルの最後のピースが嵌って全てがいっぺんに決まる、と言えそうです。
 せっかくの家づくりですから、病気等にならず、楽しく進めていただきたいと思います。誠実で優秀な建て主さん程、自分で決められるはずだという自信もあり、見える量も多いため、決めなければと思い、細部に渡って過剰なまでに悩まれることも多くなるようです。このように30年の経験を積んで来ても容易に決められないのが住宅設計です。少なくても建て主さんの特殊事情でない限り、通常悩まれることは,経験者にはもう回答が出ているものが殆どです。特殊事情や趣向以外までも全て自分で納得できるまでコントロールしようとして苦労するより、大まかなところや程度加減は、設計者の考え方に共感できるようでしたら、その経験や判断基準に委ね,気になったところのみを一緒に吟味された方が、体を壊すようなことにならず、楽に進められるのではないかと思われます。