カテゴリー別アーカイブ: 雑記

夏季休業のお知らせ

誠に勝手ながら、弊社では下記の期間、夏季休業とさせて頂きますので、ご案内申し上げます。

2017年8月11日(祝・金) ~ 2014年8月16日(水)

休業期間中に頂戴致しましたお問合せ等につきましては、8月17日(木)以降の対応とさせていただきます。
ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご了承の程よろしくお願い申し上げます。

表彰状を頂きました

結設計で設計監修をおこなっておりますFSU工法で建てた釜石地方森林組合事務所と陸前高田森林組合事務所が[いわて木材利用優良施設コンクール]にて会長賞を頂きました。

釜石地方森林組合事務所 平成28年 会長賞

陸前高田市森林組合事務所 平成29年 会長賞

外装の色使い

いつも通勤で通っている道のそばのマンションの外階段です。改修時に階段を塗装し直し、鉄骨階段を濃い焦げ茶色に、柱の色をアクセントカラーの赤にしていて、なかなか大胆な色使いですが、決して軽薄ではなく、結構目を引きます。

東日本大震災の応急仮設住宅では予算が厳しく、素材感を前面に出すと安っぽい感じが露わになりがちですので、内壁は木造躯体の自然な木の素材を露わにし、外壁は角波鋼板程度しか使えなかったので、下の写真のような濃いブルーにして素材感が気にならないようにしてみました。

色の扱いは難しくいつも悩みます。たとえばよく使う木の下見板一つでも色によってだいぶ感じが違ってきます。岩手の復興住宅で最初使っていた色は素直に木の色を強調してこんな感じでした。

その後下のような濃いグレーの色も使うようになってきました。同じ濃いグレーでも、日が良く当たるところや、建物の規模が大きいとさほど濃く見えない場合もあります。

下の写真は上の写真よりかなり薄いグレーを使っていますが、光の当たり具合や面の大きさの影響で似た色に見えます。

下見板でなければ、同じ木ですが、下のような色使いもあります。

いずれにしても色の道は奥が深くて、なかなか手ごわいです。

桃の花と芝桜

桜だけが花ではない。桃の花が美しい。後ろに青空があればなお美しい。

美しいのはほんの一瞬の時期かもしれませんが、それだけに美しいです。いや一瞬ゆえに美しいのかも。

花は上だけに咲いているわけではない。このように足元にも咲いています。

赤と白の芝桜です。

説明不要、眩いばかりの美しさです。連休前の写真です。時は残酷で、今はもうありません。

 

 

しばらくぶり!

12年ぶりの再会でした。子供室に計画時予定していた間仕切りを設けたいという相談で、はるひのの家を久しぶりに訪れました。多少北側の壁面が汚れた部分もありましたが、元気な姿で建っていました。当初構造的無理をさせたかな、と思っていたところも問題なく健気に迎えてくれました。間仕切りの相談はその方法を話し合い決めてすぐ終わり、その後一通り当時の監督さんと内外を見て回り、気にされているところの症状についても説明して、その家を後にしました。

昼時だったのので、多摩センターで環境計画という造園事務所を営んでいる、友人を尋ねました。やはり15年ぶりぐらいの再会でした。永山や聖蹟桜ヶ丘の現場に時々来ていたので、その内寄るといっておきながら、友人も予定があったりとかで、結局寄らずじまいでしたので、今回は朝電話して午後行くと予約しての訪問でした。事務所でしばらく話をして、帰り、送っていくということで、多摩センターの団地内の公園を歩きながら駅まで送ってくれました。

多摩の団地は日本の団地の環境計画で成功した数少ない例だ、と言う説明を彼から聞きながら気持ちよい公園内を散歩出来ました。

建築的にも、下のアングルの写真は大高正人という建築家の設計で、当時私にも強く印象が残っていて、改めてシャッターを押しました。

土曜だからと、駅前のパブで3時頃からビールを飲みながら6時近くまで昔話に花を咲かせてきました。

大正7年築の神谷伝兵衛別荘の驚きの工夫

千葉市稲毛に,日本のワイン王と言われた、明治の実業家神谷伝兵衛が大正7年に建てた別荘が無料で一般公開されています。浅草の「神谷バー」や茨城県牛久のワイン醸造場「シャトーカミヤ」の創始者としても有名です。

日本初期の鉄筋コンクリート造で関東大震災にも崩れることなかった洋風建築ですが、数多くの建築上の工夫がなされていて、驚きの工夫は最後に掲載しました。


二階内部は和室になっていて、床の間もそれなりの贅を尽くしています。


木製の丸窓ですが、ちゃんと開閉いたします。


この猫間障子の材料はタガヤサンという木材だそうです。確かに高価な木材で、大工としては使ってみたかったんでしょうが、障子の桟としては木目が荒く、同じ建築屋としては、どうなんだろうかという気もします。


建築の細工としてはなかなか遊んでいます。


透かし彫りに蜂も飛んでいます。


照明の吊具は木製とのことには驚きです。


階段コーナーの漆喰の飾り棚ですが、よく見ると棚上の壁は直角で棚下は円弧を描いています。


上って行く時の視線の高さに合わせた位置に棚を設定しています。

そこで見つけた超現代的網戸です。地下室があるからできた工夫です。電力は使用せず、自重と重しとのバランスで構成されているようです。現代でも使えそうな工夫です。


神谷邸と並んで千葉市民ギャラリーが併設されていて、そこでは、特殊鉋や大鋸などの木工刃物が展示されていました。(刃物展は1月15日までとのこと)

神谷伝兵衛にあやかるつもりではありませんが、彼が始めた「カミヤシャトー」のある牛久市で、私たちが工夫したFSU工法の住宅が、1月27日から建込が始まります。その工法で岩手、栃木、兵庫で、すでに計十数棟建っていますが、東京近在では初です。この工法技術を公開し、多くの建築關係者に使っていただこうと思っていて、現場説明会も2月22日に予定しています。もし建て込みそのものに興味ある方はご連絡いただければ、その時と場所をお知らせします。

 

 

年末

クリスマスも無事に過ぎいよいよ年末ですね。
ハロウィンが終わった11月始め頃から街がキラキラと光り始めて
そんな雰囲気もとても好きなのですが
私が好きで良く行くのが夜の浅草寺。
昼間は人が溢れ返ってまっすぐ歩くことも困難な仲見世通りも
この通り、走り抜けられます。
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12月半ばの写真ですが世の中はこれからクリスマスだという賑わいの中
浅草寺はブレずにすでにお正月の飾りまで。
昼間では見られない、閉じたシャッターには浅草草創からの歴史と四季折々の伝統行事を繰り広げる「浅草絵巻」が描かれています。
ぼんやりとした光のなかに浮かぶ賑やかな絵が、閑散としてるのにウキウキさせます。
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宝蔵門を抜けると本堂です。
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結設計では毎年、新年初日に全員で事務所近くの七福神巡りをおこないます。
お願いしてばかりではいけませんので
今年一年間もいろいろありましたが大きなケガもなく、事務所も乗り切ることが出来ました感謝の気持ちを込めて。
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本年はどうもありがとうございました。
結設計は2016/12/29(木)~2017/1/4(水)までお休みを頂きます。
その間頂いたお問い合わせ等へのお返事が遅くなってしまいますがご了承ください。
来年もどうぞよろしくお願い致します。

七弦琴と玉堂・春琴・秋琴in鞘堂

千葉市美術館で18日までやっている、浦上玉堂・春琴・秋琴父子の芸術展を見てきました。

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上の写真は、浦上玉堂父子の芸術展を見に行った際、玉堂が演奏していたと言う七絃琴(胡琴)の実演奏後の写真です。残念ながら演奏があると言うことが分かったのは、帰る時で、急いで聴きに行ったのですが、終わっていて、七絃琴の説明をしていた時撮影させてもらったものです。現在 日本で弾ける人は百数十人ほどしかいないそうです。七絃琴はなかなか興味深そうな楽器でしたが、長くなりそうなので、ウイキペディアででも調べていただくこととして、今日は玉堂について。

玉堂は岡山県の鴨方藩のエリート武士として勤めた後、50歳で脱藩して、七絃琴と画筆を携えて17歳と10歳の息子達を連れて自由を求めて文人として全国を遍歴して歩いたとのことです。その息子春琴と秋琴の画も同時に展示してあり、当時の文人として生きるということがどういう事であったかが分かる展覧会でした。この時代の文人というのは昔の中国の白居易など、琴棋書画に代表されるような芸能を遊戯として嗜んだ、多芸に秀でた芸術家たちで、このほかにも、詩や篆刻などが文人の芸としてあげられるようです。今で言うシンガーソングライターのようなものかも知れません。文人たちは各地の豊かな商人や支配階級の集まりに呼ばれて芸を披露したりしていたようです。今でいう文壇など優秀な芸術家たちが集まって談論風発して楽しんだ仲間づきあいも盛んだったのだろうと思われます。玉堂自身は画より40歳から始めた琴(筝)を演奏する事に強く惹かれていたものと思われます。それでなければ自分や息子の号に琴という字を使わないのではと思われます。

学生の頃この玉堂も何も知らない時、彼の奔放な画に魅せられ墨絵を少しだけ描いたことがあって、チャンスがあれば見たいと思っていた画家(文人)でした。それが今回の展覧会で父子共々の画と生き方を展示してあり、三人を同時展示することで、一応意匠設計者という表現者の端くれとして、教えられるものが色々ありました。

玉堂の自由奔放な絵に、息子春琴は何とか父のような画家のなろうとして励んだものと思われ、実に美しく緻密な画を描いていました。技量は玉堂を凌いでいるように、私には思われました。春琴より7歳下の秋琴は、早くにその画才を発揮したようですが、絵の道には進まず、堅実に藩の行政の実務家として過ごし60過ぎてから再び画を気まぐれに描いたようです。私の想像ですが、春琴は玉堂を追い越そうとして努力を重ねて、職業画家としても当時は春琴の方がもてはやされていたかのようです。確かに技量は上回ったかもしれませんが、うまくなればなるほど玉堂の画ほどには惹かれるところまではいきませんでした。芸術というのはうまいから惹かれるというものではないという典型のように思われました。玉堂の画はある意味いい加減というか、天才的で自由闊達というか、絵に囚われてないかのような画なのに魅力的でした。たぶん七絃琴の方に重きを置いていたのではないかと推察しました。だから奔放な画を描けたのではないかと思われます。しかし春琴の父の演奏姿を描いた画は、自由さと穏やかな温かみがあり、最も好ましい気がしましました。秋琴は父と兄をみて、どっちにも行けない、別の道を選んだ方が賢明と判断したものと思われます。兄も父も意識しなくなって再び気ままに画を描く気になったのはよくわかる気がしました。

この千葉市美術館は下の写真のように古い旧川崎銀行千葉支店の建物を保存・修復し、さらに現代の文化活動に対応できるスペースとして、改修され、それを部分的に残し、現代的建築で鞘堂として包み込んだ建物です。設計者は京都の国際会議場のコンペ当選者の大谷幸夫・沖種郎の二人のうち大谷(幸夫)研究室の方です。平成6年に竣工、建設省設立50周年記念事業「公共建築百選」にも選ばれているそうです。

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私ども著作の本が出ます

今月下旬に、結設計のこれまでの事例の中から84の住宅について、設計のポイントを抽出して「美しく住まいを整えるデザインのルール」という本が、エクスナレッジ(建築知識)という出版社から出版されます。
個々の住まいの特性をかいつまんで、間取り図や写真及び図面等で二ページに一事例を解説した本です。
取り上げられるページ数が本の構成上限られていて、正直取り上げた住まいの選択が、特性の解説として適切であったかどうか自信ありません。その住まいには他のポイントの方が価値あるものも多くあるからです。多くの家を設計させて頂き、似たような特性もいくつかあり、その家が最適というわけでもないからです。むしろ特性の説明がし易かったから取り上げたようなところもあります。
本屋さんで手に取ってみて頂ければ幸いです。

本カバー